大阪酒屋日記 かどや酒店

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2015年 02月 26日

40年以上前の思い出。

【今月の営業日など】http://kadoyasake.kanpa-i.com/
【今月のイベント】http://kadoyasake.com/free/i-kadoya
【当店詳細】
かどや酒店 茨木市蔵垣内3-18-16 072-625-0787 http://kadoyasake.com
10:00~19:30(火~金)10:00~18:30(土日)月祝定休 店舗の北側に1台分の駐車スペースあり


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ウチの家の北側にある家、現在取り壊し中。
感慨深いものがあります。
寂しい気分です。

ひょっとしたら、ウチの母親のほうが寂しい気持ちになってるかも。


取り壊し中の家は、親父が独身時代に酒屋として独立し、賃貸で借りていた家。
酒問屋で勤めていた親父は、きっといつか独立しようと考えてたんでしょうね。

この家の大家さんに話を聞いたんですけど、親父はこの地で酒屋をするにあたって、1ヶ月もの間ずっとこの地に通い、どれくらい人と車の通行量があるのかを調査してたんですって。

で、この地に決定し、大家さんがウチの親父に貸してくれたとの事。

1968年やったかな?酒屋開業。かどや酒店の歴史の始まりです。
親父が独身の時は、妹さんに手伝ってもらってたようです。

それから数年後に結婚し、母親との二人三脚。


この家は最終的に私が7歳か8歳の時に出たんですけど、小さいながらにいろいろ覚えてます。

夕方5時を過ぎると、近所の会社勤めの人達がわんさかやってきて、立ち飲みです。
店の中に入れないくらいに狭い店内はギューギューでした。

私がもっと小さかった頃は親父の田舎の和歌山からおばあちゃんが手伝いに来てくれてて、家の事をいろいろやってくれてたり、私たち兄弟の遊び相手になってくれてました。

台所とかトイレとかお風呂とか2階に上がる階段とか、狭い家のわりに広かったベランダが親父の趣味の金魚飼育の桶で埋まってた事を覚えてます。

小学校に上がるとかそんな時、家はとても狭かったから学習机を部屋の中に置く事が出来ずに廊下に置いてました。廊下でも自分の机、自分の世界が出来た事がホンマに嬉しかったです。

しばらくして今の建物に引っ越しました。


幼少の頃に住んでた家が無くなるのかー。
時代やなー。

ガッシャンガッシャンと取り壊され、きっと今日の夕方には跡形も無くなるんでしょう。

解体前に大家さんにお願いして、家の中に入らせてもらったらよかった。
残念。


この地で酒屋を始めた親父の当時の事を昔、妹さんから聞いた事あるんです。

全然仕事が無かったと。
「1日これだけ売れたら、缶詰を1個食べようか」

そんな毎日だったんですって。

裸一貫で和歌山から大阪に出てきて、全く知らない土地で知らない人達の家を訪問して注文を聞き、ひたすらお客さんとの会話を重ねながら配達をしていました。

そこから地元の人達の支持を得、親父は「この街で分からない事があればかどやに聞け」と言われるくらいになりました。だって毎日親父に誰かが会いにきて、何か喋ったり聞いたりしてましたもんねー。私のとこには全然無いけど(笑)


約20年前に親父が死んで、私にバトンタッチ。
チェーンのコンビニを経験して今、また親父と同じ酒屋をやってます。

正直、親父がやってた酒屋と今の酒屋は全く違います。
扱っているお酒だって同じものがひとつとして無い。

そうなるのも必然やったのかもしれません。
酒屋も、時代時代で変化していくもんなんですねー。

自分がやりたい酒屋を毎日、一切苦に感じる事なく楽しませて頂いてるのは、やっぱりそのベースとなる「ステージ」を残してくれた親父のおかげ。親父にはホント心から感謝です。

今日で、かどや酒店の歴史がひとつ消えるのかー。
寂しいなー。

その原点となった「家」が取り壊される今日は、昔のことを思い出し、ちょっと半泣きになりながら店番してますので、是非半べその私をハッハッハーって笑いに来てやって下さい。期間限定です(^_^)v


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by kadoya-sake | 2015-02-26 13:44 | その他もろもろ。


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